鶴爺の恩返しー養子縁組が相続に及ぼす影響ー


サラリーマンだったAさんは結婚し、妻との間に長男、そして長女が生まれました。やがて2人の子は巣立ち、定年退職後、夫婦2人の穏やかな日々が送れるとAさんが思った矢先、病気となった妻はあっという間に天に召されたのです。

家事が全くできないAさんを不憫に思った長男の妻B子さんは、毎日、夫の実家を訪ねてAさんの身の回りの世話をしていました。長男も長男の子どもたち(Aさんの孫)も休みの日は必ずといっていいほど実家を訪ね、Aさんの話し相手になっていました。

背が高く細面のAさんは見事に毛髪がなく、孫たちから「つるつる爺さん」、「鶴爺さん」と呼ばれて懐かれ、Aさんも自ら「鶴爺」と嬉しそうに言っていました。

それに引き換え、長女はAさんの世話をするのを嫌がり実家にほとんど寄り付きませんでした。Aさんが98歳で亡くなったとき、葬儀の席で長男と20年ぶりに顔を合わせました。

その後、49日の法要が終わり、空き家となった実家に親族が集まりました。その席で長女が長男に向かって「遺産は兄さんと半分こだね」と言いました。すると長男は「実は、父が亡くなる3か月前に父とB子が養子縁組をしたので遺産は3分の1ずつに分ける。」と答え、B子さんがAさんの養子となっている戸籍謄本を長女に見せました。

びっくりした長女は「きっとあんたがババァの色仕掛けで呆けた父をたらしこんで無理やり養子縁組をしたんだろう。」とB子さんに対して下品な言葉で罵りはじめました。

すると、長男は黙って手持ちのビデオカメラを実家の大型テレビに繋ぎ、大勢の親族の前で録画されている内容を再生しました。65インチの画面に映し出されたAさんは長男の孫を膝にのせてB子さんに向かってにこやかに「長い間、鶴爺の世話をしてくれてありがとう。せめてものお礼としてB子さんにも遺産を譲りたい。養子縁組をして鶴爺の本当の娘になって欲しい。どうか鶴爺の最後の願いを聞いて欲しい。」と話していたのでした。それを見た親族たちは口々に鶴爺の恩返しだとささやき始めましたとさ。


故人が生前、老後の世話をしてくれた息子の妻と養子縁組をすることは珍しいことではありません。ただ、他の子どもたちは故人と疎遠であったため養子縁組の事実を知るのが葬儀の後となり、養子縁組が故人の本意であったかどうかで揉めることが多いのが実情です。

老親としては養子縁組にあたって、なるべく多くの親族や知人にその経緯を説明し、疎遠となっている子ども宛てに手紙で養子縁組をしたことやどういう気持ちで養子縁組をしたのかを知らせておくのが無難といえましょう。