亥神家の一族 子どものいない夫婦の相続は要注意


日本の山間部の風光明媚な猪籠草村(うつぼかずらむら)の湖畔に亥神家(いのがみけ)という由緒正しき一族が住んでいました。

大正時代、亥神家の本家の戸主の亥神瓜乃介(うりのすけ)は結婚し、昭和の初めにかけて五男一女をもうけました。これから話すAさんは瓜乃介の五男坊であり、姉の亥乃子(いのこ)と年子であったこともあり、いつも亥乃子から可愛がられておりました。

そんなAさんでしたが戦後まもなく上京し、東京生まれ東京育ちの同い年のB子さんと恋に落ちて結婚し、馬車馬のように働き財をなし、成城に購入した一軒家で夫婦仲良く暮らしておりました。夫婦には子どもはいませんでした。

Aさんは90歳で天寿を全うしました。むろんAさんの両親(瓜乃介夫婦)はとうに亡くなっています。B子さんは、Aさんの相続について自分以外にAさんの兄弟姉妹も相続人になることは知っていました。

ただ、Aさんの兄弟姉妹で健在なのは105歳になる長兄の亥左衛門(いのざえもん)とAさんの葬儀に来てくれた姉の亥乃子だけであり、他の男兄弟3人は既に他界していました。

B子さんは自分以外の相続人は亥左衛門と亥乃子だけであり、老い先短い亥左衛門が夫の遺産についてとやかく口を出すことはあるまい、亥乃子も葬儀のときB子さんにとてもやさしく接してくれたので、夫の遺産をよもや分けて欲しいなどと言うまいと楽観視していました。

そもそも、夫名義の成城の一軒家も多額の預金も夫婦で頑張った成果だから、すべて自分が相続しても誰からも文句は出まいと思っていました。

しばらくして、B子さんは亥左衛門や亥乃子と相続の話をするために何十年ぶりかに猪籠草村を単身訪ねました。明治時代に建てられた亥神家の広大な屋敷はそのまま残っており、亥左衛門一家の四世代が住んでいました。

B子さんが屋敷の廊下を歩きながら窓の外の湖を見たとき、ふと昔Aさんと見た映画を思い出しました。

その映画は名探偵金田一耕助が湖畔にそびえる屋敷で起こった連続殺人事件を解決するというものであり、頭部をピッタリと覆う白いゴムマスクを被った佐清(スケキヨ)という男が湖から逆さに両足を突き出して死んでいる場面が強烈に印象に残っていました。

亥左衛門は遠くから来たB子さんをねぎらうために沢山の御馳走と地元の美酒を用意してくれました。

しかし、ご機嫌になったB子さんがAさんの遺産を単独で相続したいと話したところ亥左衛門の顔色が一変しました。

亥左衛門はB子さんに対し、次のように滔々と語りました。

「末弟は亥神家の人間だ。末弟の財産は本来亥神家のものだ。B子さんがすべて相続したら、B子さんが亡くなった後、亥神家の末弟の財産はB子さんの一族のものになってしまう。こんな不合理は認められない。

それに、末弟の相続人は他にもたくさんいる。亡くなった3人の弟にはそれぞれ3人の子がいる。この9人の甥や姪も末弟の相続人(代襲相続人)だ。9人のうち6人は北は稚内から南は西表島まで全国に散らばっており、残りの3人はコンゴ、キルギス、ボリビアにいる。

さらに父の瓜乃介は艶福家であり、6人の愛人との間に合計20人の子をもうけた。この20人の子は自分や亥乃子や末弟の異母兄弟であり、いずれも末弟の相続人となる。20人の子のうち既に亡くなっている者がいれば、その者の子が相続人(代襲相続人)となる。しかも、困ったことにこの20人の子の消息が全くわからんのだ。」

B子さんは亥左衛門の話を聞いているうちに徐々に絶望的な気持ちになり、酒の酔いも手伝って意識が遠のき、朦朧とした状態のまま亥左衛門の家人らに抱えられて薄暗い奥座敷で寝かされました。

一方、亥乃子は一日の終わりのルーティンとしてエイジングケアのため韓国から取り寄せた目の部分がくり抜かれた白色のフェイスパックをしていました。亥乃子はB子さんの様子を伺いに奥座敷を覗き込みました。襖を開ける音で目覚めたB子さんの視界には目玉がギラギラ光る真っ白い面を被った人間の姿が飛び込んできました。驚愕したB子さんは「ス、ス、スケキヨ」と叫んで気を失ってしまいました。


コメント

子どものいない夫婦の一方が亡くなり、故人の両親や祖父母も既に他界している場合は、故人の配偶者と故人の兄弟姉妹が相続人となります。

そして、配偶者が遺産の4分の3を取得し、残りの4分の1を故人の兄弟姉妹で分けることになります。兄弟姉妹の中に既に亡くなっている人がいれば、その人の子(故人の甥や姪)が相続人(代襲相続人)となります。

なお、相続人が兄弟姉妹の場合、代襲相続は一度のみであり、兄弟姉妹の子も亡くなっている場合は、兄弟姉妹の子の子(孫)が相続人となることはありません。また、故人の異母兄弟(姉妹)や異父兄弟(姉妹)を半血といい、故人(被相続人)と父母を同じくする兄弟(全血といいます)の半分の相続分となります。

したがって、故人に兄弟姉妹がいれば故人の配偶者が相続手続を進めようとしたとき、故人の兄弟姉妹やその子らとの間で相続についての話し合いをせざるを得なくなり、多くの時間と労力を要し、ときには耐え難いストレスを感じることとなります。

実際、故人の配偶者が親戚づきあいもなければ会ったこともない故人の兄弟姉妹やその子らと相続について長年にわたって争った事例は珍しくありません。ただ、このような事態は極めて簡単な方法で回避することができます。

それは子どものいない夫婦が互いに財産のすべてを相手方に相続させる旨の遺言をすることです。

遺言の効力は絶対です。

相続人全員が同意しない限り遺言と異なる内容の遺産分割をすることはできません。さらに、兄弟姉妹には遺留分(兄弟姉妹以外の相続人には相続財産について一定割合の承継が保障されており、これを遺留分といいます)はありませんので遺言をしたからといって、後で遺留分相当の金銭を請求されるおそれもありません。

当センターでは、遺言書作成のお手伝いも行っておりますので、ぜひご相談ください。