Aさんは太陽のように明るく、影のない女性です。そのためか、Aさん自身は影のある男性についつい惹かれてしまいます。
ある日、Aさんが勤めている会社にBさんが入社してきました。Bさんは何となく憂いのある男性でした。Aさんが人づてに聞いたところでは、Bさんは女手一つで育ててくれた母を亡くしたばかりであり、天涯孤独の身であるとのことでした。AさんはBさんの影の正体が分かった気がしました。
しかし、AさんがBさんの影の本当の正体を知ったのは、このときから50年以上経ってからでした…。
さて、Aさんは自然を装ってBさんに近づき、二人の交際が始まりました。でも付き合って半年過ぎてもBさんはAさんの手も握りません。
Aさんは思い切って自分からBさんと手を繋ぐようになりましたが、さらに半年過ぎたのですが何の進展もありません。
我慢ができなくなったAさんが「どうしてわたしの気持ちがわからないの!バカ!」とBさんを責めました。
すると「実は女性と交際するのはAちゃんが初めてなんだ。何をどうしていいのか全くわからないんだ。」とBさんは恥ずかしそうに告白しました。それを聞いたAさんは、より一層Bさんのことが愛おしくなりました。
そこからは完全にAさんのペースです。2人はめでたく結婚し、2人の女の子が生まれました。家族4人での幸せな暮らしはあっという間で、2人の娘も巣立っていきました。
そして、AさんとBさんの結婚生活が40年を過ぎたころ、久しぶりに家族4人が揃った食事の席で、Bさんは厳重に封印された箱をテーブルの上に置き、こう言いました。
「この箱を書斎の僕の机の引出しの中に入れておくから、僕が死んだら開けておくれ。」
数年後、Bさんは天国に召されました。葬儀の後、一人帰宅したAさんは例の箱のことを思い出し、娘たちに「明日開けよう。」と連絡しました。
翌日、Aさんのところに2人の娘がやってきました。2人の娘が書斎のBさんの机の引出しから箱を取り出し、「どんな宝物が入っているのかしら。」、「帯封の付いた札束かしら。純金のインゴットかしら。」などと言いながら食卓のテーブルの上に箱を置きました。
Aさんは2人の娘が見守る中、ゆっくりと封印を解いて箱の蓋を開けました。一番上には表に大きく太い字で「堪忍」と書かれた封筒が入っていました。その封筒を開けると中には手紙が入っていました。その手紙には以下のような驚くべきことが書かれていました。
「Aちゃんごめんなさい。僕は嘘つきです。実は君との結婚は僕にとって2度目の結婚なんだ。僕は大学1年生のとき同級生の女性と恋に落ちて学生結婚をし、男の子にも恵まれました。でも、卒業までに離婚し、息子は彼女が引き取った。結婚生活に失敗したトラウマにより僕は女性が苦手な暗い男になった。
でもAちゃんと出会って徐々に気持ちが明るくなってきた。だけどAちゃんに嫌われるのが怖くて本当のことが話せなかった。ずっと隠していて本当にごめんなさい。
そして、Aちゃんがこの手紙を読んでいるということは僕は死んでいるんだよね。僕の相続手続で必要だと思うので、前の妻や息子に関する資料をこの箱の中に入れとくね。本当にごめんなさい。」
Aさんが箱の中をさぐるとBさんの前妻と息子が写っている写真や前妻との婚姻届けのコピーや前妻との手紙など見たくもないものが雑多に入っていました。
すっかり混乱してしまったAさんを見た2人の娘は「なんなのこれは!私たち家族に災いをもたらすパンドラの箱だわ。」と言いました。
Aさんが箱の中に入っていた物をあらかた取り出すと箱の底には表に小さく細い字で「希望」と書かれた封筒が入っていました。
おそるおそるAさんが封筒を開けると中にはBさんの遺言が記載された公正証書の写しが入っていました。
コメント
転籍の手続きをとり、本籍地を従前と異なる市区町村に変更した場合、従前の戸籍で除籍されていた人物は新しい本籍地の戸籍には記載されません。
また、従前の戸籍に記載されていた内容がそのまま新しい戸籍に移記されるわけではありません。このため結婚にあたって、相手の婚姻歴の有無や子どもの有無を確実に知るためには転籍前の戸籍も見せてもらう必要があります。
今回の事例で、Bさんが婚姻歴や前妻との子の存在を隠すために転籍の手続きをしたのかどうかは不明です。しかし、兎にも角にも、Aさんは相続手続をするため、Bさんの生まれてから亡くなるまでの戸籍(除籍)謄本の交付を受ける必要があります。
そうすると、すぐにBさんの離婚歴や前妻との子の存在がAさんにばれてしまいます。おそらくBさんはずっと隠していた秘密が確実に発覚することを予測し、謝罪の手紙と前妻と息子に関する資料を箱の中に入れておいたのでしょう。
しかも、Bさんの秘密をAさんが知っても、あの世にいるBさんはAさんから責められることもありません。なんということでしょう。
さて、故人の相続人が①配偶者、②故人と配偶者との間の2人の子(Aさんと2人の娘)、③故人と先妻との間の1人の子(初婚の妻との間の長男)の場合、相続分(法定相続分)は配偶者が2分の1、3人の子が6分の1ずつとなり、4人の相続人(法定相続人)の間で遺産分割協議をすることになります。
そして、故人の配偶者やその子どもは、先妻の子との交流がないことが多く、全く面識のない母違いの兄や姉と遺産の分け方を決めなければなりません。穏便な話し合いができるんだろうか、おっかない人だったら嫌だななどと不安な気持ちに陥りがちです。
このような事態を避けるため最も有効な方法はBさんが行ったように父親が遺言を残すことです。
もっとも、Bさんが遺言を残したことにより遺産分割協議をする必要がなくなりましたが、Bさんがどのような遺言をしたのかは不明です。思うに「希望」の文字が小さく細かったことから先妻の子にも何かしらの財産を相続させる旨の遺言をしたのではないかと思われます。