遺産分割の意外な落とし穴、「現金」

遺産分割の意外な落とし穴、「現金」


親が亡くなって、さあ、遺産分割の必要がでてきた、そんなときに問題になるのは、どんな相続財産があった場合でしょうか。

売れもしない林や田畑の土地でしょうか。固定資産税すら払えない、高額な不動産でしょうか。それとも、評価が難しい証券や金融商品でしょうか。

確かに、そういった分割財産がある場合、遺産分割が複雑になります。

しかし、意外と落とし穴なのが、「現金」です。今日のコラムでは、そんな事例を2つご紹介したいと思います。

消えた現金⁉

被相続人がお金を銀行に預金しておいてくれればいいのですが、現金で保管していた場合(いわゆるタンス貯金をしていた場合)、意外な紛争を巻き起こすことがあります。


事例1
被相続人:母(父は既に死亡)
相続人:長女、長男及び二男
相続財産:現金


先の相続に対する不満

両親のうち、父が先に亡くなり、その際、長男が主要な相続財産である不動産(都内一等地の不動産)を取得しました。

長女及び二男は、その遺産分割に不満でしたが、長男が母の面倒をみると言ったので、渋々同意したという経緯がありました。

現金の発覚

父を亡くした母は、日に日に弱っていき、とうとう老人施設に入所することになりました。

施設入所にあたり、契約等は長男が担当しましたが、自宅の荷物の整理や当面必要な生活必需品の調達などは、長女が行いました。

ある日、長女が母の自宅を整理していると、タンスの中から現金で3500万円がでてきました。長女は、金額の大きさに驚き、どうしていいか分かりません。近いうちに長男や次男に相談しようと思いつつ、その日は、元あった場所に戻しておきました。

数日後、やはり誰もいない家に大金を置いておくのは物騒だと思い、長女は長男に相談しました。長男は、施設の費用等の支払いも必要なため、まずは、自分が預かって管理をすると述べました。

母の相続開始

結局、母は、慣れない施設暮らしで心身の衰えに拍車がかかり、父が死亡してから一年足らずで、後を追うように亡くなってしまいました。

長女と二男は、母の現金が3500万円あることを知っています(二男は長女から聞きました)。加えて、父の相続時、長男が多く取得していることに対する不満もあります。

そのため、長女及び二男は、3,500万円の現金は、長男以外の兄弟で分けるべきだと主張しました。

しかし、長男は、父の相続時のことは母の相続と関係がないし、しかも母から預かったのは1,500万円にすぎないと主張しました。

現金のまま保管することの危うさ

現金がいくらあったのか、長女の記憶と長男の主張には2000万円もの隔たりがあります。

しかし、その金額を証明する資料は、何もありません。

長女及び二男は、これまでの母の収入をもとに、3,500万円程度はあったはずだと主張し、長男は、父の葬儀の際や母の施設入所の前後で多額の費用がかかっているはずで、自分が母の自宅から預かった金額は1,500万円だったとの一点張りです。

何も証拠がないまま、まさに、水掛け論です。

預金や株式なら、証拠資料の探索がある程度容易かもしれませんが、現金となると、話は別です。いくらあったか、ちゃんとした証拠資料がないと、遺産分割協議は紛糾するだけなのです。

お金に名前は書いていない

次にご紹介したいのは、相続財産としては、預貯金の形で残されていたけれど、そこに至る経緯が現金の手渡しという方法であったため、遺産分割協議が紛糾した事例です。


被相続人:母
相続人:長女及び長男
相続財産:預貯金


親孝行があだになる

長男は、大変母親思いで、優しい性格でした。父に先立たれ、体の弱い母の心細さを思って、長男は自分の給料のほとんどを母に渡していました。

一方、長女は、昔から母と折り合いが悪く、結婚して家を出てからは、ほとんど音信不通でした。もちろん、長男が給料のほとんどを母に渡していたことなど知る由もありません。

そんなある日、母は、脳梗塞で倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまいました。

長男は、母の相続に際し、現在、母の預金口座に入っているお金は、自分の給料であるため、すべて自分が相続したいこと、また、そもそも自分のものなので、相続税もかからないことを主張しました。

長男としては、当たり前の主張だし、だれにも文句は言われないはずだという自信がありました。

しかし、音信不通だった長女が現れ、自分にも相続の権利があるはずだと主張します。また、税務署からは、相続税の徴収の対象になると言われました。

証拠がすべて

長男は、唯一の証拠である預貯金通帳の入出金履歴を証拠として各方面に提出しましたが、その証拠こそ、残念な結果を生む原因となってしまいました。

というのも、長男の給料だと主張するのであれば、一か月に一回、定期的に定額が入金されているはずですが、履歴はそうはなっていなかったのです。

母は、毎月長男から手渡された現金を、まずは手元で管理し、何か必要があれば、そこから支出し、数カ月にまとめて入金するという方法をとっていたからです。

まとめ

ほとんどの財産には、所有者の名前が書いてあります。

不動産ならば登記簿謄本に、預貯金ならば口座の名義に、債券や金融商品であれば契約者名に記載されている名前が所有者の名前ということなります。そして、その価値(金額)についても証拠が残っていることがほとんどです。

しかし、現金の場合、ただ単純に「持っている人」のものだということになります。また、金額を正確に記録しておくことも難しかったりします。

このコラムをお読みのみなさんやその親御さんで多額の現金を自宅で保管されている方、是非、何らかの形で証拠となるものを残しておくことをお勧めします。