親のセルフネグレクト、悩ましい対処法

独居老人の孤独死などが話題になるのと時期を同じくして、「セルフネグレクト(自己放任)」という言葉が知られるようになってきました。

セルフネグレクトとは、自己の基本的欲求に対する無視(放任・放置)のことで、不衛生な状態・病気の放置・食事をまともにとらないなどの具体的行為に結び付いています。

多くは、高齢者の認知症や意欲の低下と関係しており、本人よりも周囲の人(特に本人の子ども)が頭を悩ますことになります。

今回は、事例を通じて、セルフネグレクトが起こる仕組みや家族の悩みなどをみなさんと考えてみたいと思います。

セルフネグレクトの始まり

55歳のAさん、最近、実家の両親のことが気になっています。

80歳になる母と82歳の父の2人暮らしの実家ですが、帰省する度、ゴミの出し方が気になっています。

ゴミ屋敷とまではいきませんが、決められた日に収集所にゴミを出している気配が全くないのです。昔ながらの広い母屋のあちこちに、食材の容器など、ゴミ袋に入れられた状態で放置されています。

また、父が体調を崩したときも、母が父を病院に連れていくことはなく、父が布団の中で寒いと震えていても、母はあまり気にしていない様子だったのです。

思えば、すでに、この時点で母は認知症が進行していたのかもしれません。セルフネグレクト状態は、認知症の症状として表れていたのです。

Aさんは、若い時からの母のおおざっぱな性格に慣れていたこともあって、「歳だからしょうがいない」くらいにしか感じていませんでした。また、証券会社の担当者とちゃきちゃき電話でやり取りして株を売買する様子を見るにつけても、認知症とは思えなかったのです。

認知症の進行

しかし、父の死亡後、母だけの独居生活になると、さらにセルフネグレクトが進行しました。食事もろくに取らず、また、室内を適温に保つこともせず、夏場に熱中症で緊急入院しました。

Aさんは、事故や急病で孤独死するのではないかと心配になり、母をサービス付き高齢者専用住宅(サ高住)に入居させました。しかし、母は、年を追うごとに認知症が進行していきました。

食事は食堂で同じフロア―の入所者とともに摂りますが、デイサービスに出かけるほかは、部屋に閉じこもることが多くなってしまいました。当初は、新聞や本を読んで時間を過ごしていましたが、そのうち、何かを読むことに興味を示さなくなってしまいました。趣味が合うとか、懇意にする人がいるわけでもなく、ヘルパー以外と会話しない状態が続き、そのことでさらに認知症が進行しているように思えました。

そして、母は、転倒して大腿骨を骨折し、寝たきりになった1年後に誤嚥から肺炎になり死亡しました。

セルフネグレクトの親に何ができたか

Aさんは、自分は母のために何をするべきだったのか、そして何ができたのか振り返りましたが、今でも答えは見つかっていません。

サ高住に入所した時点で、母の預金口座の管理や証券会社の取引代理を行うようにしましたが、果たしてそれでよかったのか、母に任せたままの方が認知症の進行を遅らせられたのではないかと、答えのないことを繰り返し考えてしまいます。

もっと言えば、施設に入所させる前に、自分がもう少しケアすべきだったのではないかとの後悔もあります。

施設に入所後、特に何をするでもなく、無為に時間を過ごしていた母の姿が思い出されて仕方がないのです。

しかし、一方で、施設長が語った「老いの時代は『喪失』の時代でもある」という話も印象に残っています。

年とともに色々なものを失っていくのが当然であり、周囲から見ればつまらなさそうな毎日でも、本人にとっては、寂しいながらも穏やかな日常であり、それが死を受けれる準備でもあるというのです。

セルフネグレクト対応のポイント

セルフネグレクトが老いや認知症による場合、ある意味、仕方のないことで、対応策がないようにも思われます。

しかし、セルフネグレクトや認知症そのものを治癒させることができなかったとしても、本人が安全に、そして自分らしく生活することを援助することはできます。

その際の工夫をいくつかご紹介したいと思います。

自己決定を尊重する

認知症などで判断力が低下していても、すべての判断ができない訳ではありません。むしろ、自分のできることとできないことの見極めができず、自分に自信が持てなくなり、全てを人に頼ってしまったり、逆に、できないことをできると思いこんで大きな失敗をしてしまうことがあります。

そのため、家族が本人の自己決定や判断を支援することによって、自分でできることや、自分の判断でできることを保つことが可能です。

何でも助けてしまうのではなく、なるべく本人が自分で決定できることを残しておきましょう。

リスクを見極め、明確に伝える

事例のAさんの母もそうですが、セルフネグレクトが命を危険にさらすことがあります。室温の管理に無関心だったり、食欲がないままに食べなかったりすると、いとも簡単に脱水症状が出ますし、その結果、生命のリスクが高くなるのです。

ただ、本人は、その危険を感じていなかったり、薄々感じていても認めたくなかったりします。

そのため、専門家(医者など)が具体的な数値(脈拍や体温など)を示して伝えるなど、明確に伝えることが大切です。

複数の選択肢を提示し、自己決定してもらう

先ほど、自己決定を尊重しましょうと書きました。しかし、最初から最後まで自分で考えて、そして選択してもらう、というやり方では、本人に負担が大きい上、正しい決定ができないことがあります。

しかし、だからといって、周囲の人が勝手に決めてしまうのもよくありません。本人の自己決定を尊重しつつも、ある程度正しい結果に導くためには、複数の選択肢を用意し、その中から本人に選んでもらうようにしましょう。

まとめ

セルフネグレクトは、認知症や高齢による無気力の表れであることが多かったりします。

帰省の際、部屋が汚れがち、身なりに気を使わなくなっているなど、ご両親の様子に何か変化を感じたら、それは、一つのSOSかもしれません。

ご本人のニーズに寄り添いつつ、適切なケアを専門家と考えていっていただければと思います。

厚生労働省のHPではセルフネグレクト(自己放任)について、次のように紹介しています。

「セルフネグレクト(自己放任)とは、在宅で「高齢者が、通常一人の人として生活において当然行うべき行為を行わない、 あるいは行う能力がないことから、自己の心身の安全や健康が脅かされる状態に陥ること(津村智恵子「セルフネグレクト防止活動に求める法的根拠と制度的支援」〈高齢者虐待防止研究、2009〉)とします。これは、認知症などのような疾患から適切な判断力が欠けている、または、様々な事情で生活意欲が低下しているために自己放任のような状態になっている場合(無意図的)と、判断力や認知力が低下していないが、本人の自由意志によって自己放任のような状況になっている場合(意図的)を含みます。」